国立大AOで入ったら

AOで大学へ入学したら、その後の人生どうなるか?

プロセスが信頼をつくり、結果が権威を作る

2か月の夏休みがもう終わる。

とりあえず、大学で勉強したいってもう一度思えたので、夏休みの目標は達成できたってことにしたい。

 

まず、めっちゃ無責任なのかもしれないけど。

理科の教師にならなければならない。

アフリカに行ってみなければならない。

そんな、過去の自分に強制された「~しなければならない」を追いかけるのは、もうやめようと思う。

思えば、自分で目標を決めるのが怖かった。

何言ってんだあいつってなるのが怖かったし、達成できなかったときつらくなるのも怖かった。

だからそうやって根拠のない目標にすがってたんだと思う。

 

2月にベトナムに戻ることになった。

夏休みの最後にスタツアでベトナムに行ってた時、新規事業立案大会があって、そこで最優秀賞に選んでいただいてベトナム往復航空券をゲットした。

実際に提案した企画をやろうって言ってくださった。

なんか見えない力に引っ張られてるんじゃないかと思う。

自分はベトナムを愛してるってわけじゃない。

また、考えが足りず、目の前にあるものに飛びついてるだけなのかもしれない。

本来の目標とかそういうの見失ってるのかな、そんな不安が消えたわけじゃない。

でもせっかくいただけたチャンスなんだから、自分の精一杯をぶつけたい。

そして折角行くなら、もう1個、街づくりの企画の根回しもしたい。

中途半端な状態で2月からの1か月を海外で過ごしたくない。

やるなら成功させたい。

だから3・4タームは、その準備に費やしたい。

2月からの1か月、全力で走り切るために必要なものを詰め込みたい。

 

集中講義やスタツアに参加して、たくさん分かったことがあった。

自分がこれからどういう人と肩を並べて戦っていくのか。

自分がこれからどういう世界に挑んでいくのか。

そして、そこでやっていくために、どんな力が必要なのか。

どんな人になれば、その世界でやっていけそうなのか。

 

集中講義でもスタツアでも、知識がなくてつらかった。

だから知識が欲しい。

でもやみくもに何でもかんでも手を出すのは嫌だ。

それで自分がつらくなってしまうのは嫌だ。

 

1人ですべてをやることはできない。

だから対人力が欲しい。

場を円滑に回すために言いたいことを我慢するとかじゃなくて、相手が納得するように自分の意見を伝える力が欲しい。

 

やりたいことをやりたいときにぐっと集中してやるための体力が欲しい。

自分の気持ちを伝えるための語学力が欲しい。

自分の知識量を証明するための資格が欲しい。

 

 

本当に自分が何をやりたいのかとか、自分に向いているものは何かとか、そんなんやってみなきゃわかんない。

だからそこを考えるのは一回やめておこうって思う。

今は、目の前にある、2つの企画と全力で向き合いたい。

やってみたいし、見てみたいって思う。

それが実際に形になったら、世界がどう変わるか見てみたい。

自分はどんな風に成長できるだろう、それも見てみたい。

 

1人でうなりながら企画を考えていたとき。

ある人に「なんでそんな企画考えとるん。そういうの好きなん?」って聞かれた。

好きか嫌いかって言われたら、正直嫌いだ。

オリジナルのものを創れって言われたって、そんなのすぐ思いつくもんじゃない。

でも、悩んで悩んで悩んで悩んで、目をつぶった時にふと見えてくる、あの感覚は嫌いじゃない。

触れられそうなくらい鮮やかに浮かび上がってくるイメージを掴もうとするのも、得意じゃないけど嫌いじゃない。

 

「プロセスが信頼をつくり、結果が権威を作る」

これは、9月、母校に行ったときに、お世話になった先生がぽろっといった言葉。

本当にその通りだって思う。

結果が権威を作るのは間違いない。

でも、それだけじゃ信頼は得られない。

失敗してもあきらめず立ち上がる姿や、淡々とやるべきことをこなしていく姿。

そういうところに信頼って生まれるんじゃないかって思う。

莫大な量の知識があるとか、今までの功績とか、そういうのは権威なんだと思う。

権威があっても信頼できるかって言われるとううん…となる人いる。

きっとそういうことなんだと思う。

 

だとしたら、今日からベトナムに戻るまでの間はきっとプロセスだ。

信頼養成期間だ。

権威を作るためのプロセスじゃない。

だから、失敗してもいいんだって思うことにする。

失敗した後、ふてくされずに(いやふてくされちゃうけど)頑張れるんだぞ、そういう人なんだぞ私は。

私は、失敗しないとこより、失敗してもあきらめないってところを認めてくれる人と一緒にいたい。

だから、むしろたくさん失敗してそれをたくさん見てもらって、それでもそばにいてくれる人とずっと一緒にいたい。

もし失敗してしまって、それきりになってしまったのだとしても、私はその「失敗しなければ得られたかもしれない未来」を追いかけるのやめようって思う。

 

失敗したからこそ得られた今を愛する努力を。

もがき続けたからこそ得られた今を生きる努力を。

そして何より、失敗も成功も、単調な過程すらも楽しむチカラを。

 

さあ、3タームからどんなになるかな。